お話おじさん′終活記

はや人生はラストステージ、いつのまにか年が過ぎ、いまがいちばん自由で、楽しい。

二枚の肖像画

今日も放送大学で西洋芸術の続きを視聴したが、とてもよい勉強になった。
19世紀以降現代にいたるまで、真の芸術は、芸術のための芸術であり、作者の自己表現であるというコンセプトが定着している。しかし18世紀までは、そうでなかった。芸術は何かの役に立つためのものであり、当時の政治的、宗教的、社会的な要請を表現しているという。

講師はクラーナハが友人であるルターの二枚の肖像画を例にだした。一枚は宗教改革を進める闘争的なルター、もう一枚は穏健なルターで、当時でもこの違いで、別の画家の絵とみなされたこともあったそう。
それには背景があった。宗教改革はキリスト教の改革であるが、当時のローマの主権に対するドイツの挑戦という、きわめて政治的な意思が働いていた。クラーナハは御用絵師であり、二枚とも依頼されて描いたわけで、闘争から穏健へはドイツの対ローマ政策の変更という意味が隠されているという。

表現されたものは、目に映る姿は姿として、背景にある何かを知る・・・これが面白い。