いまに至って悔やんでもはじまらないと、十分承知の上での話になる。それはわが人生を総括して、もう一段この自分が人間的にレベルアップできなかったことに尽きる。プロ野球の選手などによくいうブレイクに似ている。しかし、考えてみると、この自分の足らなさ至らなさを身に染みて感じたのは、完全に引退した後になってのことで、当時はそうは思っていなかった。自分自身のことで精一杯だったわけだ。
持って生まれた器の小さい人間が小さいままに終わることになる。その殻をやぶれなかったという思いを抱えて逝くことになる。この反省が、生まれかわって、次の世の土産になってほしい・・・
7月に剪定した庭のキンモクセイが、やっと匂いはじめた。