お話おじさん′終活記

はや人生はラストステージ、いつのまにか年が過ぎ、いまがいちばん自由で、楽しい。

自分史27

欲のない人はいないというが、わがのは、大欲ではなくて小欲としかいいようのないものばかりだった。その一つがマイホームで、それは育ちにあったと思う。

東京は渋谷に生まれたが、当時は貸家がふつうで、生まれた家もそうだった。しかし、父親が投機に失敗して、けっきょく一生貸家住まいで終わったというのが母親のなげきだった。その言葉が心の底に焼き付いていて、私はマイホーム欲が強かったといえる。

石川県に移住して、いまの家内と見合結婚したが、知ったことの一つは、ここでは持ち家がふつうで、見合いだったら、家のない人の所などへは嫁にやらないというのが暗黙の条件だという。

その地元のまあまあの商家の娘である家内が、いくつもあった縁談を拒否してきたのに、受けたのは、私の学歴、安定した職業、定住と土地を持っていたことのようだ。東京を離れた時にもらった退職金を、たまたま土地に投資していたのが幸いした。

結婚当時はアパート暮らしだったが4年後に、どうしても家が欲しくて、築一年の平家を購入したが、そこが災害にあって、助成金も出たので、野々市に新築した。その7年後に、いまの地にまた新築移転した。

東京にいたら、家を持つことなどムリだったろう。それがここにきて、3回も家を持てたということは、わが物質的欲望は、十分満たされたということになろうか・・・

今日の収穫は、サツマイモ・・・ちょっと掘って、まだまだ小さいので、止めました。