お話おじさん′終活記

はや人生はラストステージ、いつのまにか年が過ぎ、いまがいちばん自由で、楽しい。

合成樹脂球充填術のこと

5年前の今日、次兄が脳腫瘍で逝った。私といちばん気が合った兄だった。

今はがんだが、昔は結核が多かった。私たちは男ばかりの5人兄弟、うち4人が肺結核の経験者である。

中でも、次兄がいちばん重かった。聞いた話では、次兄が育ったとき、家の金回りがよくなくて、師範学校へ進んで、戦時中に小学校の教師になった。

戦後の食糧難時代に、肺結核が発病して休職。喀血を繰り返した。
28歳のとき、御茶ノ水の三楽病院で、当時最先端といわれたアメリカの医療技術、プラスチックの玉を病巣に埋め込む肺手術を受けた。

命運あって長らえたが、休職期間が尽きて、首になった。
いちばん辛かった時期だったと思う。

その頃友人の紹介で、本城千代子先生という方に出会った。
その先生の指導で快方に向い、35歳で結婚。3人の娘を育てて、平成19年に84年の人生を全うした。

次兄が受けた肺結核の手術は、その後見直され、ほとんどの人が再手術を受け、玉を取り出したという。
兄は最後まで、そのままであった。

調べてみると、兄が受けた手術は、合成樹脂球充填術というようだ。

唯一の成功例ではなかっただろうか・・・