お話おじさん′終活記

はや人生はラストステージ、いつのまにか年が過ぎ、いまがいちばん自由で、楽しい。

胃ろうのこと

ボランティアでいっしょに仕事をしているYさんと話した。

これまで自宅で介護していた96歳の母を入院させた。
もう意識は明確でなく、点滴で栄養をとっているが、胃に穴をあけて食物を送る「胃ろう」の話が出ていて、迷っているとう。

義姉はこの3月、94歳で逝ったが、もう食べられなくなったと聞いて、最後に特老へ見舞った。そのときだけは、さかんに自分で食べたが、まもなく凶報が入った。

葬儀のとき、甥にあたる長男に聞いた。義姉はもうかなりボケも進んでおり、回復の見込みはなかった。

「親に長く生きてもらいたいという気持ちに変わりがないけれど、食べられなくなったら、もう天寿がきたのだろう」と言った。

私もそう思う。もう回復の見込みのない命をただ永らえさせるのが、はたして人道的なのだろうか・・・

いまの末期医療は、どう考えてもおかしい。

親を最後の最後まで苦しめて、子の世間体と自己満足、医者の利益に終わるとしか思えない。

精神分析を創始した、あのフロイトは末期がんにあたり、主治医のモルヒネ注射で安らかに死ぬ尊厳死を選んだ。