お話おじさん′終活記

はや人生はラストステージ、いつのまにか年が過ぎ、いまがいちばん自由で、楽しい。

自分史16

大学へは入ったけれど、4年間食うや食わずのアルバイト生活の結果、就職を目の前にして、社会に出る間際に人生初めての挫折に遭遇した。
一時は落ち込んだが、人生の裏表を知っている元赤線の女将の助言を受けて奔走し、元教師の次兄の伝手で、希望者のない島に、初期ということで、結核をかかえたまま赴任した。
昔でいえば、島流しで、都の管轄になる伊豆七島の大島だった。ここで4年間、煙たなびく三原山と富士山を眺めながら、教員生活を送った。

自然の中での、のんびりとした生活がよかったのか、結核も快癒して、今日まで再発することなくきたが、石灰化した痕跡は消えないので、肺検査には必ずひっかかる。

島に赴任する教員は、ほとんどが新採用で、都内からの転任は、いわば問題をおこし、まさに島流しになった人で、3年経つと島を出た。中には、島の女性をもらって、そのまま島の人になる人もいた。島では、そういう男性を「ためともさん」と呼んだ。
源為朝がこの地に流されて、自害したいわれからきている。

暑くなったので、車の日よけ、サンシェードを新品に代えました。